フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 突撃娘、その後・・・ | トップページ | 三島由紀夫『文化防衛論』を読む »

2010年1月13日 (水)

重箱の隅をつつく

 荒井晴彦vs.絲山秋子「出版妨害禁止等請求事件」訴訟というのを毎回傍聴している。今日はその第3回口頭弁論が行われた。

 実はこの裁判、原告である荒井晴彦氏も、被告の絲山秋子氏も私は面識があり、原告側弁護人の「いつもニコニコ」柳原敏夫弁護士も、以前仕事でいろいろお世話になっていた人だし、まあ裁判長と絲山氏側(というか、文藝春秋側)の弁護士だけは知らない人、という関係なので、とても興味を持って見ているのだ。

 ここで、この訴訟のことをよく知らない人のために解説すると、絲山秋子さんの小説「イッツ・オンリー・トーク」を原作とした映画をステューディオスリーという会社が「やわらかい生活」というタイトルの映画にした。その映画が公開され、テレビ放送もされ、DVD発売もされ、海外セールスも行われたにもかかわらず、その脚本が日本シナリオ作家協会の「'06年鑑代表シナリオ集」に収録・出版することを、絲山秋子が拒否したことから、この映画のシナリオライターである荒井晴彦氏と日本シナリオ作家協会が、映画の二次利用に関して「一般的な社会慣行並びに商習慣に反する許諾拒否は行なわない」という原作使用契約にある文言に反するダブル・スタンダード(その他の二次利用はOKなのに出版だけはNG)ではないか、ということで荒井氏は絲山氏に対して1円(!)の損害賠償を求めている、という裁判なのである。

 絲山氏としては、多分荒井氏のシナリオが気に入らなかったのでしょう。まあ、原作者として、映画シナリオが気に入らないことはよくあることです。というか、原作者が映画のシナリオを100%気に入るなんてことは、100%ないでしょう。要は、自分の創作物を自分以外のクリエイターがいじって、そのクリエイターのものとする、という行為がクリエイターである原作者が受け入れるはずはあり得ないのである。であるならば原作者自身がシナリオも作ればいいんだけど、小説と映画シナリオは作品の成り立ちから、構造も構成も何もかも違う。したがって、原作者はシナリオを脚本家に任せるわけだが、だったら、そこで原作者はこれは自分の手を離れた作品なのであるから、もう自分には責任がない、他人の作品であり、それがどういう評価を受けようが自分には関係ない、自分に関係があるのは経済的な「原作使用料」の収入と映画の結果原作が売れればいいのだ、というふうに割り切って考えればよいのだ。

 ところが、経験のない作家は、どこか映画の出来も自分の原作を評価する基準になってしまうがごとき気分になってしまい、まるでシナリオも自分の作品のようなつもりになってしまい、映画の出来に悩んでしまうのだ。なんで、他人の創作物のことでそんなに悩むの、という原作者は、結構いっぱいいるのですね。私の経験からすると。

 で、絲山氏は考えた、原作使用契約は締結してしまった(契約者は文藝春秋社とステューディオスリー)んだから、映画を作るのはしょうがない。映画の(映像の)二次利用もしょうがない、でも、自分のフィールドと同じ(と、考えたんでしょう)「活字」になるのは勘弁してほしい、映像はいつしか忘れられてしまうけれど、活字はいつまでも残るからなあ。じゃ、シナリオの出版だけは「いや」と言おう。ということなのだろう。

 しかし、相手が悪かった。何しろ相手は『赤軍-PFLP 世界戦争宣言』の製作に参加して、その後その映画の上映運動である赤バス隊の、更に言えば『争議あり』(2005年/青土社刊)の荒井晴彦氏である。「争議」が好きなんだよな。

 こりゃあ、面白くなりそうだ。ましてや相手は芥川賞作家である。「争議」にするのに恰好の相手だ。ということで、今回の訴訟になった。まあ、絲山氏が東野圭吾位並に稼いでいる作家だったらもっと面白かったんだけど、本もそんなに売れていない、あんまり稼いでいない絲山氏ではなあ。というところだけが、ちょっと残念。

 で、裁判の状況なのだが、今日は第3回口頭弁論。まあ民事訴訟なんてこんなものだけど、双方の弁護士がクチャクチャ訳のわからないことを、ボソボソ喋っていつの間にか終わる、といういつもの民事訴訟でした。

 要は、原告側弁護士が出した準備書面(訴状を補足する書面ですね)の細かいところについて、被告側弁護士があーでもないこーでもないと、ネチネチ聞いたり、するわけですね。聞かれたら仕方がないから、原告側としては答えられることは口頭で答えたり、「うおっ良く見つけたな」的な細かいミスについては、「検討してお答えします」というようなやりとりをしているうちに、今日の法廷はおしまい。本当、「重箱の隅をつつく」というのはこういいもんだな、って感じですね。

 実質、15分位なもの。

 私としては、これはどう考えても荒井氏の勝ちの裁判であります。あとは、絲山氏(文春側)の弁護士が、「どういう屁理屈」で対抗してくるのかというのが楽しみであります。

 多分、「契約当事者はステューディオスリーなのだから、荒井氏及び日本シナリオ作家協会は訴訟当事者にはなりえない」ということと、「原作者は本著作物の著作者として、本脚本の利用に関し、原告と同一の著作権及び著作者人格権を保有している」ということ位しか、反論としては考えられないのだが、どうだろうか。

 次回は、2月24日(水)13時30分から、東京地裁721法廷です。

 多分、そろそろ面白くなってくるのではないでしょうか。次回は被告側の「許否弁論」だとのことです。

 もう、重箱の隅はつつかないで・・・。

« 突撃娘、その後・・・ | トップページ | 三島由紀夫『文化防衛論』を読む »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/47287444

この記事へのトラックバック一覧です: 重箱の隅をつつく:

« 突撃娘、その後・・・ | トップページ | 三島由紀夫『文化防衛論』を読む »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?