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2010年1月10日 (日)

これで、いーのだ

「怒る西行」(監督:沖島勲/2009年作品/ポレポレ東中野)

 沖島勲と言えば、日大芸術学部時代に足立正生と組んで『椀』『鎖陰』を製作し、若松プロダクションから「ニュー・ジャック&ヴェティ」でデビューした、伝説のような人だった。

 それが、ある日テレビで『まんが日本昔ばなし』を見た時、その脚本クレジットに沖島勲の名前を発見した際の驚きは一様のものではなかった。あの沖島勲が何で? それも、何で「日本昔ばなし」なの? という思いに駆られたものであった。まあ、多分生活のためだろうな・・・と。しかし、その後もずっと『日本昔ばなし』の仕事はやっていて、ほとんどメインライターの立場でやっていたのではないだろうか。今回、この作品を見て、何かその理由も見つかったような気がする。

 何しろ、予告編を見ていると、まず放射5号線道路(いわゆる東八道路というやつですね)の計画が玉川上水を壊してしまうという話があって、作品タイトルが『怒る西行』である。どう考えても、これは告発映画、西行の詩に合わせて何かをメッセージする映画かな、と思ってしまうに事足りる情報である。

 しかし、実際に映画を見てみると、タイトルがちょっと違う。つまり『これで、いーのかしら(井の頭) 怒る西行』である。なんか、気になるオヤジギャグだなあ。

 で、観てみるとかなり、今に言う脱力系の作品である。要は、世田谷区の久我山から井の頭公園までの、普段の沖島の玉川上水の散歩コースである。「散歩映画」である。そこを歩きながらブラマンクやら谷内六郎、村上春樹、横尾忠則、つげ義春、ボッティチェリ、若桑みどりなどについて蘊蓄を傾けながら、西行法師に辿り着く。

 撮影時間5時間、スタッフ・キャストはすべて映画美学校の生徒たち。多分、製作費は数万円? という、「散歩映画」が出来上がる。

 最近、『ぶらり途中下車』『ちい散歩』などのテレビでも「散歩番組」があるが、しかし、それらの番組はやはりお店紹介だとか、散歩の途中で出会った人々に関する情報だとか、いろいろのメッセージが込められている。テレビ番組としては、当然それらのメッセージがなければ番組として成立しないのだから、仕方がない。まあ、テレビ・スタッフにはいまだにスポンサーの要請にこたえるためには、何かしなけりゃいかん、という強迫観念があるからね。ところが、この『怒る西行』にはそうしたメッセージは一切ない。放射5号線も、ただ単なる玉川上水の部品の一つにすぎない。勿論、放射5号線が出来ちゃ困るということはあるのだろうけど、それは映画の中心部分ではない。放射5号線も所詮「諸行無常」のひとつなのである。

 沖島はこの映画の試写会を行う際の試写状に「私が玉川上水添いに井の頭公園に至るまでの散歩道を色々解説しながら歩いていく、ただ、ただ、それだけの映画です」と書いたそうだ。まさに、本当にその通りの映画である。それ以外何にもない。まさにそんな映画をよう作るよな、とうのがまず第一の感想。しかし、現代のテクノロジーはそんな映画の存在も許すようになったというのが第二の感想。

 つまり、この作品もそうだが、今はドキュメンタリーはビデオで撮影するのが普通になっている。つまり、それだけビデオ映像がフィルムに近づいてきているということなのだろうが。ハイビジョンで撮影された作品なんかは、ほとんどフィルムで撮影されたものと違わないクオリティの映像になってきている。つまり、あの一回撮影したら消せないし、現像するまでは何が映っているか分からないし、現像費用もかかって、金がかかってかかってしょうもないフィルムと違い、ビデオはこのフィルムの欠点をすべてなくしてしまう革命的な素材なのだ。ただし、映像のクオリティだけはね、という問題が現在は次第に解決されつつある。

 ということで、この作品の成立状況が見えてくる。つまり「何にもない映画は可能なのか」ということ。テーマもないし、メッセージもないし、あるのはモチーフだけである。

 でも、それで成立させてしまう沖島勲の存在って何だろう。でも、それで成立させてしまう「映像のありか」って何だろう。でも、それで成立させてしまう映画って何だろう。

 ここに至って一つの映画を思い出す。足立正生と松田政男が作った『略称 連続射殺魔』である。この映画は、1960年代末の連続射殺魔・永山則夫の見たであろう日本中から香港までの風景を撮って撮って撮りまくった映画である。そして、製作者たちが見たものは、日本全国にあまねく徹底された「風景の均質化」であった。それは、政治的に推し進められたものである。日本中どこにいっても同じ風景が繰り広げられ、同じ風景が我々を襲う。

 いまや、その当時からもっとこの均質化は推し進められて、つまり経済的に推し進められて、「均質」どころか「同化」までいってしまっている。日本全国、どこに行っても「同じ風景」しか見ることができない状況。しかし、そういった状況に対して違和感を覚えるのは、私のような「老齢者」だけであり、むしろ若い人たちは、そうした「均質化した風景」に、逆に安心するというのだ。多分、この映画に沖島氏と一緒に出演した石山友美あたりは、そうした若者の一人なのだろう。

 そうした、現在の状況も含めてかどうか、要は、沖島氏としての風景論に対する答えが、この映画なのかもしれない。現在の沖島勲の「風景論」。

 つまり「なにもなくても、これで、いーのかしら」という、脱力した言い方。

 映画を見たあとどうしたか? 当然、東中野から吉祥寺、久我山へと電車に乗って、玉川上水散歩カメラだ。EPSON RD1sとElmarit 28mm。最近はデジタルが多いな。

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» 怒る西行(?:映画編) [映画的・絵画的・音楽的]
 ドキュメンタリー映画『怒る西行〜これで、いーのかしら(井の頭)』をポレポレ東中野で見ました。  時々覗いているに過ぎないブログ「映画をめぐる怠惰な日常」の昨年12月11日の記事に、この映画のことが取り上げられているのが偶然目に留まり、その記事からたぐっていくと、監督自身が、自分で「玉川上水沿いに井の頭公園に至る迄の散歩道を色々解説しながら歩いていく、ただ、ただ、それだけの映画」だと言っているようです。  とはいえ、玉川上水のスグ近くに住んでいる者としては、それを取り扱っている映画があれば、どんな... [続きを読む]

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