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2019年8月19日 (月)

夏に思ふ事

 今日から妻の家のお墓参りに行って、明日は清里フォトミュージアムで「ロバート・フランク展 もう一度、写真の話をしないか」を見て帰ってくる、ので、この三日間は、それ以前に書き溜めた記事です。

 ロバート・フランクについては帰ってから書きますので、お楽しみに。

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 日本の夏は暑い。それは日本が北半球に属しているので、夏が暑いのは当たり前。南半球だったら冬が暑いもんね、っていうのは単なるあだしごとなんだけれども……。

『ケッペンの気候区分において日本はほぼ温帯湿潤気候か冷帯湿潤気候に属し、世界的に見ると四季がはっきりしていており、気温の年較差が日較差よりも大きい。また、降水量が多いこと、梅雨や秋霖の影響で降水量の年変化が大きいことが特徴として挙げられる。
 地球温暖化や都市化によるヒートアイランド現象が、日本でも起きている。日本の平均気温は、長期的には100年当たり約1.21 ℃上昇している。また、大都市においては、気温上昇の主因がヒートアイランド現象によるものだと考えてもよいという指摘がある。』(Wikipedia)

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 まあ、ヨーロッパと同じ温帯に属している日本なんだけれども、ここ数年の暑さは亜熱帯なんじゃないか、と考えられるほどだ。

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 ただし、東京の暑さは、その原因はほとんどがヒートアイランド現象なんじゃないか、というのはまさしく人為的な理由なんだなあ。

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 昔は「夏は暑いのが当たり前。かえって汗をかいちゃえば、その後は涼しくなるし。」ってな考え方をしていたんだが、それも今や通じなくなってしまっている。

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 地球温暖化はある種自然現象なんでしょうがないのかもしれないけれども、ヒートアイランド現象には何か対策はないのだろうか。まあ、あんまり気温が上がらないような路面の舗装なども研究されているようなのだが、なかなか、一度上がってしまった平均気温を下げるまでには至っていない。

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 なあんてことを考えながら、今日の宿泊予定の諏訪市や、明日行く清里は多少は涼しんじゃないかと期待しているんですがね。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Rikugien ©tsunoken

2019年8月18日 (日)

谷根千の夏

 一昨日のブログから EPSON R-D1s の設定を再びモノクロにして、なおかつ、今日からはフィルム設定も「エッジ」「コントラスト」双方とも最高レベルに戻して撮影。

 うん、いいなあ。やっぱりEPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm(ただしCOSINA製) にはモノクロでこの設定が、私の好みに一番合っているようだ。コダックのトライXにこの設定が一番近いような気がするのだなあ。

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 で、勇躍出かけた谷中・千駄木って、実はこれまた家の近所なんだけれども、世の中はお盆休みなので、日本人の観光客の姿は少なく、目につくのは欧米人の観光客ばかり。まあ、お盆とは関係ない人たちばかりが来ているっていうようなわけなんですね。

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 私も東京の人間なんで、私の実家のお盆参りは先月に済ませているので関係ない。とは言うものの、東京在住者っていっても大半は地方出身者なので、この8月の旧盆に実家に帰ってお墓参りをするわけですね。まあ、私もカミさんの実家のお墓がある新潟まで来週はお墓参りなんですけれどもね。

 なので、この時期、谷根千なんかに来ているのは、純粋の東京人とキリスト教の欧米人ばかり。あれ? アジアの人たちも仏教徒ばかりじゃないはずなんだけれども、やっぱりこの時期には日本観光はしないんだろうか。

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 まあ、日本人の宗教観なんていい加減なもんで、初詣は神社に行きながら、クリスマスだのハローウィンだのってキリスト教(それもカトリックもプロテスタントもめちゃくちゃ)の行事に参加しながら、お盆やお彼岸はお寺に行くのが日本人です。

 その辺が日本人の宗教観ってのも面白いところですね。もともと「宗教的人間」じゃないだな、日本人って。

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 基本的なことを言ってしまえば、元来、仏教っていうのが「宗教」なんだか「哲学」なんだか分からない宗教なのである。

 本来であれば宗教というのはその「始祖を絶対視する価値観」ということから発生し、だからこそ他の宗教とは相容れない考え方って言うものが出て来てしまい、時と場合によっては宗教戦争に発展してしまったりするんだけれども、仏教にはそんなものはない。

 仏教発祥の地インドでも、ヒンズー教とイスラム教の争いはあっても、それらの宗教と仏教の争いっていうのはない。

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 まあ、それだけゴーダマ・シッダルタっていう人の考え方は自由なものだったんだろうけれども、「世界の宗教を包含してしまう宗教」ってのもすごいよな。ゴーダマ・シッダルタ自身が自分は人間の一人でしかないとして、神格化を否定したんですね。

 最初の提唱者が神格化を否定したっていうことから考えると、やっぱり仏教は宗教じゃなくて哲学なのかもしれない。

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 で、そんな仏教徒のお墓が沢山ある谷中墓地からお送りしました。

 ってオチはどんなもんかなあ。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Hon Komagome Sendagi & Yanak ©tsunoken

2019年8月17日 (土)

ご近所ネタ広報・六義公園

 ご近所ネタの広報です。他の地域に住んでいる人には「どーでもいい」話ですので、スルーしてください。

 半年ばかり整備・修復などを進めていた「六義公園」が改修なって昨日公開された。

「六義公園」と「六義園」は違うんだけれども、結構、これを取り違える人がいるんですね。六義公園の前に来て「あれ? 六義園やってないや」(だいたいこういう人たちって「六義園(りくぎえん)」を「ろくぎえん」なんて言ったりするんですね)なんて帰ってしまう人がいます。「六義園」に来る前に「りくぎ」の意味くらい調べて来いよ!

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 六義公園は、1938(昭和13)年に岩崎家から東京市に六義園を寄贈された際に、附属する「運動公園」として、同時に寄贈されたもの。

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 つまり、本当の六義園は、この六義公園と附属する六義公園運動場がすべて包含されたものが「六義園」なのです。

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 結構、旧態依然としていた六義公園なんだけれども、園内設備なんかも大分レベルアップして子供たちを安心して遊ばせられるようになってきている。

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 芝生広場(昨日のところはまだ未開放)や、水遊び広場(夏季のみ)なんかもあって、子供たちは大喜びだ!

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 トイレもきれいになって、いかにも新しい公園っていう雰囲気ですね。

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 もっといいところは、前にあった「喫煙スペース」がなくなったこと。以前は、お隣の六義公園運動場って、文京区の野球少年のメッカだったところなんだけれども、その少年野球のお父さん(コーチ? 監督?)たちの「タバコ吸い場」がこの六義公園にあったんだけれども、それがなくなったこと。

 まあ、お父さんたちはどこで煙草を吸うんでしょうかね。

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 面白いのは、同じ六義公園運動場でもサッカーの試合の時は、六義公園と六義公園運動場の間の柵が閉められていて、サッカーお父さんがタバコを吸いたくても、サッカーお父さんはタバコを吸わなかったこと。

 う~ん、スポーツの種類によって、喫煙率って変わるんでしょうかねぇ。

RICHO GRDⅢ GR LENS 6.00mm f1.8 @Hon Komagome ©tsunoken

2019年8月16日 (金)

大江戸線両国駅と総武線両国駅

 久々の「モノクロ・デジタル写真」復活!

 設定をノーマルに近い程度にもどしたんだけれども、エッジ強調はいいとして、もうちょっとコントラストを強くした方がいいのかなあ。

 今年は8月15日の靖国神社のバカ騒ぎには行かなかったので、11日に撮影したテーマは「両国」です。

 両国駅って、JR総武線両国駅と都営地下鉄大江戸線両国駅の二つがある。

 同じ「両国駅」なんだけれども、ふたつの駅は繋がっていない。大江戸線両国駅には「JR両国駅」の案内は出ているんだけれども、そこを出ても、江戸東京博物館の入口の裏側に至る道があるだけで、JR両国駅に行く道は良く分からないようになっている。

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 まあ、都営地下鉄とJR東日本っていうのは、ある種ライバル関係にある訳で、ライバル同士の意地の張り合いっていうか、足の引っ張り合いをやっているんだろうが、だからって言って、同じ名前の駅を作っちゃうんだから、それこそ地下道で結んじゃえば雨の日や昨日今日みたいな暑い日にはいいのに、と思うのは素人考えなんだろうか。大江戸線の方は「両国駅」じゃなくて「江戸東京博物館前」にしちゃえば、まあ、こちらも納得するんだけれどもねえ。

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 国技館があるJR両国駅前は、大相撲開催時と比べれば人っ子一人いないかんじで、ひっそりとしています。今は、各部屋とも地方巡業なので、お相撲さんは両国周辺にはいません。

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 ということなので、国技館の裏に出て、北斎通りを往きます。

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 北斎通りを北に曲がると八角部屋がありますが、ここも留守番の人がいるくらいで、皆さんは巡業なのでしょう。

 何故、八角部屋なのかと言えば、ちょっとした事情がありまして……。まあ、別にいいか。

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 八角部屋から北斎通りに出て、更に錦糸町方面へ進むと、写真の機材で有名なハクバ写真産業があります。

 まあ、この辺はいかにも東京の下町工業地帯なんだっててところでしょうね。ここ、総武線の周囲はあんまり工場なんかはないんですけれども、総武線の南、国道14号線(千葉街道)の南の方へ行っちゃったら、小さな町工場ばっかりです。

 東京の町工場の集積度でいったら大田区の蒲田周辺なんかと双璧なんじゃないだろうか。

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 もうちょっと先まで行くと、葛飾北斎の生家跡にあるすみだ北斎美術館がある緑町公園があって、そのすぐそばに野見宿禰神社があるんですが、この神社はお相撲の神様で、境内には歴代横綱の名前が初代の明石志賀之助から四十六代朝潮太郎までと、四十七代柏戸剛から七十二代稀勢の里寛までの二つに分かれた歴代横綱石碑に刻まれています。

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 あまりにも暑いので、こんな薄味のレポートでした。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Ryogoku ©tsunoken

2019年8月15日 (木)

おばあちゃんの原宿も、暑さには勝てないようで……

「毎月11日は弁天様の日」ではないが、「毎月4の日はお地蔵様の縁日」、つまり、毎月4日、14日、24日は巣鴨とげぬき地蔵の縁日なのだ。

 縁日の日ともなれば屋台や出店が沢山出て、地蔵通り商店街はそんな屋台や出店でいっぱい。当然、それを目当てにしたお客さんたちで、地蔵通りは満杯になるのが普通なのだ……が。

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 昨日、8月14日も当然「お地蔵様の縁日」だから、相変わらずの屋台・出店の数々、相変わらずの「おばあちゃん」たちの人出、というのを予想したんだけれども、さすがに迫りくる台風10号の影響で時折激しく降る雨や、それが過ぎると激しい暑さという二重パンチで、残念ながらおばあちゃんたちの出足は悪いようだ。

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 おばあちゃんたちの人出もさることなら、むしろ屋台や出店の勢いがとても少ない。

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 普段は地蔵通りの入口、東京六地蔵眞性寺からとげぬき地蔵(高岩寺)までがお好み焼きや焼きそばなんかの、よくあるテキヤの屋台で、そこから先の庚申塚あたりまでは、古着や古物などの世田谷ボロ市で出てくる出店みたいな店が多く出る。

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 テキヤの屋台も少ないし、ボロ市的な古物商の出店に至っては数えるほどしか出ていない。

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 もうちょっと普通の季節の縁日は、もっともっとずっと多い人出で、道をまっすぐに歩くことも難しいほどの人出なんだが、もうスイスイ歩けるほどの空きっぷりなのですね。

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 まあ、毎年8月はこんな天気の日が続く。なおかつ、今年は台風が接近中で、酷暑、時折驟雨っていう天候ではあまり人だが多くないのもしょうがないのだろう。

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 こんな縁日の日もあるんだな。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Sugamo ©tsunoken

2019年8月14日 (水)

毎月11日は弁天様の日

 最初は「大関横丁は何故、大関?」というタイトルでブログを書こうと思ったのだが、なんか、そのきっかけがつかめずに来てしまった、都電荒川線(「東京さくらトラム」っていうのは、なんか恥ずかしい)三ノ輪橋駅であります。

 暑いなあ……。都電に乗った王子駅では32度くらいだったのに、三ノ輪に着いたら35度だもんなあ。

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 でも、そんなことは気にせずに(というか、気にしてたら来れないでしょ)、三ノ輪駅前に展開するジョイフル三ノ輪商店街へ出陣だっ!

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 まあ、相変わらずのジョイフル三ノ輪なんだけれども、なんか少しづつ開いている店が少なくなっているような気がする。

 周辺にショッピングセンターとか大きなスーパーマーケットなんかがある訳でもないのだが、だんだん開いている店が少なくなっているっていうのは、「売り上げが落ちて商売が出来なくなっている」っていうよりは、もう店を継ぐ人がいないので、そのままやめちゃおうか、っていう感じで閉めている店が多いようだ。

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 ところがそんなジョイフル三ノ輪で新規店発見! 

 なんと、「1日1鉄」っていうブログでお馴染みの、鉄道写真家、中井精也氏が『ゆる鉄画廊』というギャラリーをオープンしたらしい。

 たしかに、都電荒川線の三ノ輪橋終点の脇っていうことで、ある種の鉄オタの人たちもたくさん来る場所だし、そこで中井精也氏の「ゆる鉄写真」を買って帰ろうっていう人もいるかもしれない……、って、自分で書きながら、なんか無責任だなあ、だって、同時に「いないかもしれない」っていう風に言っているように聞こえるもんなあ。

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 で、タイトルに「毎月11日は弁天様の日」っていうことを書いた理由なんだけれども、上から二番目の写真の奥にある商店街バナーをそのまま写しただけなんですね。

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 で、その弁天様がここ。

 今はマンションになってしまっているが、昔はここに池があって、その池の真ん中に島があって、島に弁天様が鎮座していたっていうわけ。「池の中の島の弁天様」なので「中島弁天」っていうのが、この弁天様の呼び名。

 で、毎月11日が、その弁天様の縁日だっていうだけのことなんですけれどもね。

 弁天様の縁日だからといっても、別に普段のジョイフル三ノ輪とは変わらないそうです。

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 で、まあ、三ノ輪と言えば「吉原の遊女の投げ込み寺」として知られる浄閑寺です。「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と呼ばれた「新吉原総霊塔」もあって、身許なき遊女たちを弔っています。

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 以前は、この浄閑寺の門前に、あのアラーキーこと荒木経惟氏の実家だった下駄屋があったんだけれども、今や、それもなくなってしまって、なんか訳の分からないビルになっています。

 えっ? ああ、「大関横丁は何故、大関?」って、問題の答えなんだけれども、まあ、「大関さんっていう大名が住んでいたから」という程度にして、今日はごまかしておきます。次に、三ノ輪に来た時にね。詳しくお話します。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Minami Senju ©tsunoken

2019年8月13日 (火)

何故、横須賀に行くのか?

 いやあ「何故、横須賀に行くのか?」って聞かれても、単なるミーハーっていうだけなんですね。

 きっかけは当然、8月7日の電撃的なニュースっていうか、小泉進次郎氏自身が作った首相官邸での電撃的なニュースです。

 青山学院大出身の聡明そうなフリーアナウンサー滝川クリステルさんと、関東学院大学出のやんちゃそうな政治家、小泉進次郎氏の結婚っていう大ニュースなんですけれどもね……。

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 それで、じゃあそれなら小泉氏の事務所がある横須賀市はどうなっているんだろう、ってな興味というか、小泉事務所自体がどこにあるんだろうっていう興味と、電撃的なニュースから数日過ぎているけれども、現在の小泉事務所はどんな感じなんだろう、っていう、まさにミーちゃんハーちゃんな興味で、はるばる横須賀まで行ってきたわけです。

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 事務所の場所はすぐに見つかって、京浜急行横須賀中央駅で降りて、横須賀市役所のそばの9階建てくらいのあまり大きくはないビルの3階にありました。

 ただし、行った日は休日のため、人の出入りはありません。

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 しかしさあ、小泉進次郎氏って若手の歯切れのよい自民党の代議士っていう他に何かあるんだろうか? ってな気にはなっているんですね。確かに言語明瞭ではあるし、我々の耳には分かりやすい言い方で政治を語っています。

 でも、それってオヤジの小泉純一郎氏の「ワン・フレーズ・ポリティクス」に通ずるんじゃないだろうか。

 まあ、オヤジの政治姿勢を見て育ってきた人だから、オヤジと同じような政治家になる、っていうのは分からないわけではない。

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 でも、小泉純一郎氏の政治姿勢っていうのは、基本的には「ポピュリズム」、つまり分かりやすい政治からは一歩も出ていない政治姿勢だし、とはいうものの、北朝鮮から拉致被害者を手練手管で帰国させてしまった手腕は、本来は総理大臣がやることではない。が、まあ拉致被害者に関しては「結果オーライ」なんで、それでよかったんだけれども、その結果、日朝関係が更に複雑化したことは否めない。

 郵政民営化だって、郵便局をぶっ壊したまではいいけれども、その後のことは何にも考えていなかった、ってのが現在のゆうちょ問題になっているんでしょ。

「自民党をぶっ壊す!」って言っても、もともと「鵺的」な体質の自民党をぶっ壊すことなんかできないんだ。

 小泉進次郎氏の「分かりやすい政策」ってのには敢えて反対はしないけれども、それが「単なるポピュリズム」にならないことを願いたいものだ。政治家ってのは政策を提案・実施するだけではなく、その結果にも責任を持つっていうのが当たり前なんだけれども、日本ではこの結果責任っていうのを問われないっていう問題があるんですね。まあ、選挙っていうのがある以上、責任をとりたくてもとれないっていう問題もあるのかなあ。

 とか言うけどさあ、なんか首相官邸での囲み取材とか、「次期内閣で入閣ありうる」なんて官房長官発言とか、もう完璧に安倍政権に取り込まれているように見せられている、と感じるのは私だけ?

 独身の時はかなり革新的なことを言っていた男が、結婚したら途端に保守的になってしまうってのはよくある話なんだけれども、小泉進次郎氏もそうなっちゃうのかなあ。

 その辺が、ちょっと心配。

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 で、横須賀って言えばアニメ版『ああっ 女神さまっ』のベルダンディの声でお馴染みの井上喜久子さんの出身地です。

 なので、この「HOTEL Goddess」ってのがいつも気になっちゃうんですよね。

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 で、海上自衛隊の港に行ってみれば「おおっ! 空母だぜ!」って言っちゃいけないのか、そうです「護衛艦」です。

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NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D @Yokosuka ©tsunoken

2019年8月12日 (月)

川越・風景写真

 昨日の「デジタル・カラー写真に目覚めた?」っていうブログなんだけれども、どこで撮った写真なのか……? っていうのはすぐにわかっちゃいますよね。そうです、川越です。

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 ということで、今日は普通に川越の風景写真です。

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 川越も暑い! 暑い! しかし、相変わらずの人出です。

 皆、暑くないのかなあ? ってわけはなくて、皆、暑そうに川越の街歩きを楽しんでいます。

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 でも、ヘソ曲がりの私の足は表通りからすぐに裏通りの方へ向かっちゃいます。

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 似顔絵屋さんとか……、ニコンF ¥20,000とか……、どうも自分の好みで歩いていると、中古カメラを売っている店を見ると、そちらに魅かれてしまいます。

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 いやいや、「川越らしい風景」を撮らなくちゃあ、ってことは考えているんですが、気持ちはそうならない。

 なるべく「川越らしくない風景」を求めて歩いてしまうんです。

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 一番「川越らしい風景」ってのが、この川越キリスト教会。

『130余年の歴史がある川越キリスト教会。
 川越市内のレンガ建築の中で一番古いこの建物は、国指定有形文化財になっています。
 川越キリスト教会は、英国系のプロテスタント教会で、その始まりは明治11年(1878)。現在の建物は、明治の川越大火で消失後の大正10年(1921)に再建されたものです。

 建物の設計は立教大学にある「立教学院諸聖徒礼拝堂」も手がけたウイリアム・ウイルソン。立教大学同様にレンガ造りで、ところどころにあしらわれた焼きムラが建物全体を落ち着いた雰囲気にさせています。』

 っていう説明がネットに上がっていました。

 えっ? なんでキリスト教会が川越らしい風景なんだ、って?

 川越らしいじゃないですか。

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EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Kawagoe ©tsunoken

2019年8月11日 (日)

デジタル・カラー写真に目覚めた?

 今更ながら、EPSON R-D1sでのカラー撮影が面白くなってきた。

 っていうか、もともとデジタル・カメラはカラー撮影が基本だったわけで、EPSONだろうがNIKONだろうが、普通にカラーで撮っていたんだけれどもね。

 でも、最近はカラーはNIKON Df、モノクロはEPSON R-D1sてな具合に使い分けている。

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 アナログ撮影の場合は、逆にモノクロがどんどん増えて、最近はほとんどモノクロ撮影になっている。ただし、私は自分でフィルム現像はやらない。別にできないわけではないのだけれども、現像液や停止液、定着液の管理が面倒なのと、後始末が面倒くさいので、基本的に現像はラボに出している。

 現像が上がったフィルムをスキャンして、プリントするという作業は自分でやっているので、結果として、自分で受け取る写真に変化はないのだけれども、でも、なんか違うんですよね。

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 アナログの良いところは、とにかく「フィルム」という実体のあるもので保存するということ。

 ほとんどの映画がデジタル製作・上映になってしまっているアメリカでも、最終的な保管はアナログフィルムに戻して、ネガ化してハリウッドの裏山に洞穴を掘って保管しているらしいのだ。結局、OSが変わってしまうと再生不可能になってしまうデジタルデータというものに対する信頼感のなさ、っていうところなんだろうなあ。

 私も、デジタルカメラで撮影していたデータは、実は数年前にハードディスクをブッ飛ばしてしまった時に、ニフティにブログで上げていたものを除いて全部なくなってしまった。まあ、所詮「ブログで上げるものは淡いデータ」なので、消えてもいいんだけれども、ちょっと残念かな。

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 まあ、そういうことなので、基本的に「作品として残したい写真」はアナログで撮影(この場合、カラーもモノクロもあり)して、「ネガ」を残しておく。あとは所詮ブログに使うのがメインなんで、まあ、最後はニフティ頼みにして「ヨロシクね」って感じでしょうか。

 まあ、ニフティが潰れちゃったら、もう何にものこらないですけれどもね。
 ブログ自体が実体(紙媒体など)を通したメディアじゃないので、所詮は「消えていくもの」なんですよね。

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 それはいいんだけれども、この数日、EPSON R-D1sでカラー写真を撮っているんだけれども、う~ん、結構いいんですよね。

 EPSON R-D1sの場合は、基本的にVOIGHTLANDERのCOLOR-SKOPAR 21mmかURTLA WIDE-HELIAR 12mmというレンズを使用しているんだけれども、このレンズの特徴は「周辺光量の不足」っていう問題がある。

 でも、この「周辺光量の不足」っていうレンズ表現を「レンズの問題」として捉えるのか、あるいは「レンズの味」として捉えるのかという、基本的な写真家のスタンスってもんがあるんですね。

 本当は「レンズの問題点」なので報道写真などでは使わないレンズなんだけれども、それを「レンズの味」として考える写真家たちは平気で使ってくる。

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 まあ、それはいいとして、何となく「カラーはNIKON Df」、モノクロは「EPOSN R-D1s」って決めた方がいいかなあ、っていう感じでこれまで、というか最近はやってきたんだが、どうなんだろう。

 実は、「デジタルで撮る写真」は「基本的に広角」、「広角ならばレンジファインダー」ってことで、EPSON R-D1sはモノクロ専用機だと思っていたんだが、いやあ、それはそれで面白い。

 まあ、NIKON Dfのモノクロモードよりはちょっとクセがあるカラーですけれどもね。まあ、モノクロモードの時の「エッジ強調」「コントラスト 強」の設定のままっていうこともある。本当は、その辺はカラー撮影に合わせて設定を変える必要があるんだけれども、そうやって「クセ」をなくしてしまうと、結局、NIKON Dfでよくなっちゃうので、敢えてモノクロモードと同じ設定で撮っているっていう理由もある。

 いやいや、本当は面倒くさいって理由なんですけれどもね。

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 まあ、いずれは再びEPSON R-D1sもモノクロ専用機に戻るんだろうな。

 何故か? まあ、そうやって決めちゃった方がラクだから、っていう以外に理由はありません。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Kawagoe ©tsunoken

2019年8月10日 (土)

中野住宅

 中央総武線の中野駅ホームからも見える中野駅の前にあるのが、東京都住宅供給公社(現・JKK東京)の中野住宅がある。

 この中野住宅が解体されて、高層マンションや商業ビルなどになって、中野駅南口の新たなメルクマールとなるようだ。

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 この中野住宅が出来たのは1951年の時。私と同じ歳なので、既に竣工から68年も経っているわけだ。そりゃあ老朽化もするわけだよなあ。

 って、自分のことを言っているのか?

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 中野駅の周辺は戦後いくつもの闇市が出来て賑わっていたようだ。空襲で大きな被害を受け、半分が焼けた中野区だったが、終戦後には疎開先や戦地から戻った人であふれ返るようになる。
 終戦の時点で10万人を切っていた人口は、10年で一気に3倍近くにまで急増し、食料も、建材となる物資も、完全に不足していた世の中。

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 そんな中で、中野住宅が出来た頃のことが1951年に出た中野区史の別冊『中野区の新らしい歩み』に記されているらしい。
「建築費高騰のため民間の貸家建築絶無の現状にあっては、住宅難にあえぐ人々は依然として萬一を期待して、都営住宅の抽選を申込むほかはないのである。」
 しかし肝心の都営住宅も、用地の確保に困難を極め、抽選は100倍を超えることもあったという激しい競争率。
 親戚の家などに身を寄せ、わずか3帖に家族5人で暮らすなど、悲惨な状態で人々が暮らしていたという記録が残っているらしい。
 そんな中、闇市を一掃して整備された駅前広場と、その隣に建てられた中野住宅が木造の町並みから頭一つ抜き出る姿は、戦後復興のシンボル的な存在に映ったのではないかと想像される。

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 そんな中野住宅も齢68年を重ね、すっかり老朽化してしまっている。

 今や中野と言えば北口の中野ブロードウェイや中野サンプラザが中野のメルクマールとなってるが、それにとって代わるような中野の象徴となるようなビルを目指しているようだ。

 既に来年3月の着工を控えてほとんどの住民は退去をしてしまい、今や解体を待つだけの状態になっている。

「鉄筋コンクリート造は100年持つ」なんてことが昔は言われていたんだけれども、結局、50年位しか持たないってことが分かって、各地のマンション建て替えが話題になっているんだけれども、まあ、結局そういうことになるんだろうなあ。でも、じゃあヨーロッパなんかの(鉄筋が入っていない)石造りの建物が既に数百年も持っているっていうのは、何故なんだろう。

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 ということは、まあ、いいとして……。

 出来上がりはA棟B棟の二つ、地上37階/地下2階、高さ150mという、巨大なビルで完成予定は2024年2月29日。

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 中野も今や北口が中野の象徴となっているが、今後は南口の方の発展にどれほどこのビルが寄与できるのか……、っていうのが気になりますね。

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NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D @Nakano ©tsunoken

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