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2019年4月22日 (月)

『しょぼい起業で生きていく』

「えらいてんちょう」って何者?
『えらいてんちょう/投資家・コンサルタント
本名・矢内東紀(やうちはるき)。1990年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。2015年、初の実店舗としてリサイクルショップを開店。その後、知人が廃業させる予定だった学習塾を受け継いだり、小さなバーをオープンさせたりするなどし、事業を拡大。バーが人気を呼び、「しょぼい起業」をしたい若者たちのためにフランチャイズ化。加盟店は全国に7店舗。現在は、投資家・コンサルタントとしても活動し、しょぼい店舗の開業・運営を1年で10件以上手がける。名前の由来はリサイクルショップ開店時、「私はえらいんだ」と言いたくて名乗ったという。略称「えらてん」。』というのがそのプロフィールらしい。

2_3 『しょぼい起業で生きていく』(えらいてんちょう著/イーストプレス/2019年1月11日電子版刊・2018年12月25日紙版刊)

 しかし、「えらいてんちょう」自身によるプロフィールはちょっと違う。
『えらいてんちょう
1990年東京生まれ。朝起きるのが苦手だったため、はじめから就職活動をせず、なんの経験も計画もないまま、しょぼく起業。慶応義塾大学経済学部卒業。2015年 10 月、初の実店舗としてリサイクルショップを開店。その後、知人が廃業させる予定だった学習塾を受け継いだり、居抜き物件を借りて、小さなバーをオープンさせたりするなどし、事業を拡大。その後、バーが人気を呼び、「しょぼい起業」をしたい若者たちのためにフランチャイズ化。加盟店は全国に7店舗。現在は、投資家、コンサルタントとしても活動し、しょぼい店舗の開業・運営を1年で 10 件以上手がける。』
 というもの。
 う~ん、まあ、両方とも似たようなものだが、特に両方とも共通しているのが「2015年に起業するまで」のこと。
 本文にはその間の状況に若干触れている。
『最初は、知人づてにテープ起こしや簡単なライティング作業などを請け負い、便利屋的な仕事をしていました。
 そのうち、リアル店舗であるリサイクルショップを始め、次に学習塾、そしてちょっと変わったバーを出店するにいたりました。
 現在は、商売繁盛で手が回らなくなり、リサイクルショップや学習塾は事業譲渡し、私はアドバイザーという位置におります。現在は、私が立ち上げたバーのフランチャイザー兼会長としての活動に加え、「しょぼい起業」という概念を提唱し、事業のプロデュースやコンサルタント、その他あいまいに 儲かるもの、儲からないもの、などを手広くやっております。』
 というもの。
「しょぼい起業」というなら、まさしくこの慶應大学を卒業してから、「しょぼい起業」をするまでの数年間のことなのだろう。
『知人づてにテープ起こしや簡単なライティング作業などを請け負い、便利屋的な仕事』こそが、まさしく「しょぼい起業」の原点なのだ。でも、これって普通のアルバイトだよね。ただし、普通にサラリーマンになるわけではなく、「慶応大学まで出てバイトか?」ってところが、まあ、今風なんだろうなあ。
『私、えらいてんちょうが経営しているしょぼい会社も、オイルマネーで大儲け計画→出版社下請け→不動産投資→リサイクルショップ・バー・塾・語学教室経営とめちゃくちゃな変遷をしておりますが、すべて 流れに身を任せた必然的結果 でした。リサイクルショップがそれなりに当たって、さらにバーが当たったことでようやく多少安定しましたが、これもまったく想定外だったのは先ほど書いたとおりです。
 とくに「これで起業しよう!」という強い意志がある方も、ない方も、こんな感じで流れに身を任せますと、ときどき金脈に当たることがありますので、無意味に事業計画ばっか立ててないで、 とにかくやっちゃいましょう。遠大な計画よりも、初期費用が少ない「いま、これができそう」を積み重ねていくほうがリスクは少ないです。』
 『学校生活がつらい、アルバイトも何をやってもうまくいかない、就職活動がうまくいかなかった、就職してはみたけれど全然仕事ができない。そんな人はいっぱいいるのですが、そこで「あぁ、私はもうダメだ、脱落者だ、生きていく価値がない」と「誰かが決めた価値観やルール」に縛られて、人生を放り投げてしまうのはあまりにももったいない、と私は思います。そんな人に私が「あなたに見えている道だけが道ではないよ、違う方向からでも山に登れるんだよ」 と提示したのが「しょぼい起業」の概念です。』
『しょぼくたって、人は生きていけます。何も悲観することはありません。よく生きづらい社会だと言われますが、うまく使えば、社会はあなたに牙を向いてくることはありません。生きていくための固定費を減らしましょう。自分のできるアルバイトをしましょう。それも無理なら親に頼りましょう。どうしてものときは生活保護があなたを救ってくれます。』
 まあ、一種の「居直り」なんだろうけれども、そういう存在を許してくれる社会っていうのもある。
 そういう意味では多様な生き方に対して鷹揚な社会になってきたんだ、っていう感覚と同時に、しかし、そんな風な考え方の変化に対応できない人たちもまだまだ沢山いるっていうことなんだなあ。もったいないなあ。

3_2 『しょぼい起業で行きていく』(えらいてんちょう著/イーストプレス/2019年1月11日・2018年12月25日紙版刊)Amazonでのご注文、Kindle版はコチラへ、紙版はコチラ

 

2019年4月21日 (日)

久々の千住宿

 日光街道の最初の宿場、千住宿に行くのは本当は千住大橋で舟を降りた松尾芭蕉にちなみ、千住大橋から行くのが正しいのだろう。
 でも、大体は隅田川の対岸である南千住でJR常磐線を降りて千住大橋を越えるか、同じJR常磐線の北千住まで行って、旧日光街道を一回、千住大橋方面へ戻ってから、そこで向き直って千住宿を歩き始めるというのが多かった。
 京成本線の千住大橋駅で降りて、千住宿の江戸方面の入り口から入るのは初めてであった。

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 千住大橋を渡って千住宿に行く場合は、普通に歩いていて千住の青果市場前から「千住宿奥の細道」の碑の前を通って、そのまま旧千住宿に入れるのだが、京成本線千住大橋駅は千住大橋の北側、現在の国道4号線の上にあるので、千住宿ヘは途中の脇から入る形になる。
 国道4号線方面から進んでいくと大きな鳥居が見えるんだが、何という名の神社なのかが全く分からない。お稲荷様だということは分かったんだが、神社の中に由緒書きでもないかと思って探してみたんだが、何もない。
 後から調べてみたんだが、「ヤッチャバ(青果市場)の守り神」だそうで、この辺り、千住河原町の鎮守様「千住河原町稲荷神社」という名前の神社らしい。なんだそれじゃあ神社の名前が分かったことにはならないなあ。単なる地名だもんなあ。
 しかし、それなりに大きな神社ではある。

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  境内には七福神の福禄寿がいます。千住七福神というのがあって、調べてみると全部千住の旧日光街道沿いにあるらしい。

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 ところで、この辺り、千住宿の南側、千住青果市場に近い辺りは「掃部宿(かもんしゅく)」といって、千住宿の初期はこちらの方が千住宿の中心部分だったそうだ。

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 たしかに考えてみれば、江戸へ青果を運び入れるための市場が千住宿の始まりなので、なるほどこの掃部宿が最初の頃は中心で、現在、本陣跡があるJR北千住駅そばは、そこより少し北に移動したわけだ。 

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  ここがJR北千住駅から西へ伸びる大通りを北へ交差する宿場通り商店街で、この写真に見えるアーケードを左に折れると、本陣跡がある。

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 現在は、こちらの方が宿場の中心っていう感じですね。 

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EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Kita Senju ©tsunoken

 

2019年4月20日 (土)

東京周縁部を往く:調布は映画の街

 京王線調布駅は地下化して駅前はガラッと変わってしまい、今や、石原プロモーションも実質的になくなってしまったんだが、今でも映画の街ではあるんだなあ。
 なにしろ、映画の撮影所が二か所(東宝の成城も近いので入れれば三か所)、現像所が東京現像所と東映ラボテックの二か所が調布駅の周辺にあります。

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 調布駅を降りて新宿駅から出て左側、多摩川がある方に歩いていくと、調布駅からさほど離れていない場所にあるのが角川大映撮影所です。スタジオ前に「大魔神」ですよ「大魔神」、カッコいいなあ。あ、これは「角川大映」になる前の「大映」時代ですね。

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 で、もうひとつ大映撮影所といえば、「ガメラ」なんですね。
 この「ガメラ」。永田雅一氏が率いていた最初の大映映画がスタートなんだけれども、その後、大映が徳間グループ傘下に入った時のバージョンと、角川傘下に入ってからのバージョンがあるんですね。
 東宝の「ゴジラ」シリーズも長生きだけれども、それの「後追い」でできた「ガメラ」も結構長生きしているんですね。

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 で、その角川大映撮影所の前を通り過ぎて次の信号を左折すると、桜堤通りに至り、15分ほど歩くと……。 

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 日活調布撮影所があります。
 実は、大映撮影所って、元々は日活多摩川撮影所だったんだけれども、現在の調布撮影所に移転した後に、大映に売却したそうなんですね。 

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 日活は現在は映画の製作・配給からは退いてしまっており、映画の世界との接点はこの調布撮影所だけなんだけれども、結局、「当たり・外れ」の博打みたいな映画製作から離れて、装置産業である撮影所業になったことで、企業としては生き延びることになったんですね。
 で、その日活撮影所の最後の「仇花」となったのが、「日活ロマンポルノ」でありまして、まあ、お約束のセックス・シーンが何回かあれば、内容・表現は問わないという会社の方針で作られた多くの作品から、俊英監督が何人も出てきたのであります。
 私が製作担当をした、田原のトシちゃん主演の『課長 島耕作』(プッ・(笑))も、ここ日活調布撮影所がメインの撮影スタジオでありました。まあ、根岸吉太郎が監督だったからね。
「監督は日活の方が、それまで使っていたスタッフなのでやりやすい」「プロデューサー的にも、東宝撮影所よりは日活の方が安い」ってなもんで、配給や共同製作が東宝なんだけれども、日活撮影所で撮影を行ったんであります。

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 しかし、その映画を制作している時期には、殆ど調布の布田あたりからクルマで撮影所に通っていたので、意外に調布駅からも近かったことは新発見だった。 

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  で、その日活調布撮影所から撮影所の反対側の土手を上がると多摩川です。対岸は、神奈川県川崎市麻生区。読売ランドがあります。
『課長 島耕作』を作っている頃には、撮影所よりも多摩川土手の方には家がなかったように思うんだが、今は、かなり多くの家が建っているのであります。
「岸辺のアルバム」にはならないのかなあ。
 ちょっと、心配だ。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Chofu ©tsunoken

2019年4月19日 (金)

都会のローカル線:鶴見線浜川崎はJFEの町

 今日は、JR鶴見駅から出ている鶴見線です。
 鶴見駅の次の駅、国道15号線と交差しているところにある国道駅は以前このブログでも取り上げたことはあるんだが、その時は鶴見駅から歩いて行ったので、肝心の鶴見線には乗ったことがなかった。

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 鶴見線は鶴見駅から終点の扇町まで間に8駅だけ、全長7kmの短い路線である。鶴見から3番目の弁天橋駅から先の駅前にはほとんどの駅で工場の入り口があって、そこで働いている人たちが鶴見線の乗客のほとんどなので、駅も鶴見駅を除けばすべて無人駅、っていう徹底ぶりなのである。
 鶴見-国道-鶴見小野―弁天橋-浅野-安善-武蔵白石-浜川崎-昭和-扇町というのが本線全駅。武蔵白石から大川までと、浅野駅から新芝浦、浜芝浦へ行く支線が出ている。面白いのは浅野駅から出ている路線で、終点の浜芝浦の改札口はなんと東芝工場の入り口。つまり、東芝の関係者でないと駅から出られないという、変な駅なのである。
 なので、この変な駅に行きたかったんだけれども、それに乗るには浅野駅でかなり待たなければいけないようなのであきらめて、本線だけの浜川崎行に乗った。

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  勿論、浜川崎の駅も無人駅。簡易型のSUICA改札機があるだけなので、無賃乗車をしちゃおうと思えばできちゃうっていうようなわけですね。鶴見線の浜川崎の駅をでて道を渡ると、南武線の浜川崎駅がある。勿論、こちらも無人駅だ。

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  浜川崎駅を出るとかなり広い貨車駅がある。
 つまり、この貨車路線が鶴見線や南武線のもともとの姿だったんですね。

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  浜川崎駅から少し歩くとJFEスチールの工場がある。

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  JFEというのは川崎製鉄と日本鋼管の合弁会社なので、つまりここは日本鋼管の街だったっていうことなのだ。

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 だいたい、住所自体が「鋼管通り〇丁目」だし、「鋼管通商栄会」だし……「こうかんクリニック」なんですね。 

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 まさしく、日本鋼管が作った街だし、日本鋼管に勤めている人たちの街だし、日本鋼管と共にある街なんだなあ。

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 企業城下町という言葉は聞いたことはあるし、まさしくその企業城下町=トヨタ市のそばに住んでいたことはあるんだが、こんな見事な企業城下町は、実は見たことがなかった。
 すごいなあ、これが日本経済の底力っていうものなのかなあ。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER COLOR-SKOPAR 21mm f4 @Kawasaki ©tsunoken

 

2019年4月18日 (木)

ある晴れた日の一日

 何か暖かい日になって、秋田県でも桜前線がやってきたようで、以前、横手のぼんでんを取材に行ったときに泊まった秋田ビューホテルから来るメルマガも、千秋公園の桜の話題で一杯だ。

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 でまあ、もう桜は終わってしまった東京なんだが、外出に適した季節ってなもんで、勝鬨までやってきた。何で勝鬨なんだっていうと、何で勝鬨なのかは分からないという答えが、私の中から返って来た。

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  そりゃそうだ。べつに何を取材しに勝鬨まで行ったのかは、私自身も分からない。というか、別に何を撮影しに勝鬨まで行ったのかというのも、実は「何にもない」のでありました。

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 要は「いつものそぞろ歩きin東京」ってなもんであります。

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 しかし、この時期の東京の姿っていうのもいいですね。
 街に出ると、まだリクルートスーツを着た新人の女性社員さんたちが多くて、心の中で「頑張ってね!」って言いたくなってしまうのです。
 一方、新人の男性社員はなんでリクルートスーツじゃないんだろう。「バカかこいつら」的な反応をしてしまう私がいて、ちょっとそれには自分自身でも辟易してしまいます。

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 でもまあ、それが「普通の」「何もない日の」「日常」ってなもんです。なにか「ネタ」がないと写真撮影をしちゃいけないのか? とにかく、街をブラブラ歩いて、そこで目についたものを撮影して、なんか意味ありげなキャプションをつけるっていうのが、私の「写真生活」なんですね。

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 まあ、そんな「何もない日の、普通の一日の写真」ってのが、今日の写真です。
 そんな日もあるさ。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER COLOR-SKOPAR 21mm f4 @Harumi & Tomioka ©tsunoken

 

2019年4月17日 (水)

『時間がなくても有名ギャラリーで写真展を開催する方法』

 そりゃあ自分で写真を撮っていれば、撮った写真を他人に、特に不特定多数の人たちに見せたくなるのは道理である。
 まあ、なかには内気な人がいて、自分で撮った写真を自分(かあるいは身内だけで)だけでそっととっておく人もいるのだろうが、普通の人間なら「写真を撮る」でも、「絵を描く」でも、「文章を書く」でも、何らかの表現行為をする人であれば、自分の「作品」を人に見せたくなるのは、ごく普通のことではある。
 私にとって最初に「人見せるための表現行為」は19歳の時に『キネマ旬報』誌に投稿した映画評だった。自分の文章が載った『キネ旬』を書店店頭で手にした時は、周囲にいる人皆が私のことを注目しているんじゃないかとドキドキしたものだ。実際にはそんなことはまったくなくて、周囲の人は私の存在なんかにはまったく気が付かないのだが、なんか、それこそが「自意識」ってものなのかなあ、と後々考えるようになった。
 とにかく、何らかの表現を「作品」として作っている人間は、それを「不特定多数に向かって提示」したくてしょうがないはずなんだ。

2_4『時間がなくても有名ギャラリーで写真展を開催する方法』(永井孝尚著/日本写真企画/2018年11月30日刊)

 写真を撮って、それに適当な文章を添えてひとつの記事に仕立て上げるというのは、実は私がサラリーマンを終える数年前に始めた企画である。書店未来研究会という、K談社が中心になって出来ている組織があって、その事務局を担当していた私は、会員書店を取材し、それを書店未来研究会のサイトに毎週掲載するという企画を通して、それこそ毎週毎週書店訪問をし、店長や店員から取材をして、記事にしていた。
 実は、10年前から始めたこの「tsunokenのブログ」「tsunokenのブログ2」は、この書店未来研究会のサイトに載せていた私の記事の延長線上にあるものだった。 それまで、写真誌などの作品応募には出品していたものの、一度も採用されなかった私としては「こんな媒体があったんだ!」というのは、大いなる発見であり、喜びでもあった。
 というような具合なので、本書の著者、永井氏の言うことにはいちいち納得なのだ。
 しかし、「100円のコーラを1000円で売る方法」(KADOKAWA)の異色の一冊ではある。知らなかったなあ、こんな趣味があったなんて。

『私はプロフェッショナル・サンデー・フォトグラファーに求められる心得として、次の7つを提唱している。

<7つの心得>
第1の心得
写真は 趣味ではなく、ライフワーク・自己表現の手段として考えている
職業的写真家は、否が応でも写真と向き合う日々を過ごしている。一方でプロフェッショナル・サンデー・フォトグラファーは、日々写真に向き合わなくても食っていける。ここが写真を単なる趣味として考えているか、ライフワーク・自己表現手段として考えているのかの分かれ目になる。
第2の心得
数十年という人生の中で、自分だけのテーマを追い続け、撮り続ける
あなたは自分自身の写真テーマを持っているだろうか? それはあなたしか撮れないテーマだろうか? 作品とは個性でありあなたの分身だ。自分だけのテーマを持つことが必要なのだ。
第3の心得
最高の作品を作る道具として機材にはこだわるが、機材には溺れない
最高の作品を作るためには、そのための最高の写真機材が必要だ。しかし写真機材はあくまでも最高の作品を作るための道具であり、手段だ。目的ではない。必要以上に機材にこだわらないバランス感覚も必要だ。
第4の心得
写真技術とは、撮影技術だけではないことを知り、
「偶然の産物」の写真を「必然の産物」に変える
よい写真を、偶然の産物として撮るのがアマチュア。必然の産物として撮れるのがプロフェッショナル・サンデー・フォトグラファーだ。撮影時に全力を挙げればよいのではない。勝負は撮影前の準備段階から始まり、撮影後も続いている。ここで重要なのが、「仮説検証写真術」を中心としたソフト技術だ。
第5の心得
自分の作品に一番厳しい批評家は自分。
作品セレクションが撮影以上に大切と知っている
「あなた」という人間は、あなたの写真作品を通して評価される。その覚悟が求められる。だからこそ自分の作品の最も厳しい批評家は、自分自身であるべきだ。そのためには、撮影後の作品セレクションは、撮影以上に大切である。
第6の心得
作品発表の場を自分で創る
厳しい他人の評価にさらしてこそ、作品は進化していく。あなたがその写真を撮る時、どこでその写真を発表するか、具体的にイメージしているだろうか?
第7の心得
そして何よりも、写真を楽しむ
あなたにとって、写真は楽しみだろうか? 修行だろうか? あるいは義務だろうか? 『論語』に「あることを知っている者、それを好きな者も、楽しんでいる者には及ばない」という言葉がある。プロフェッショナル・サンデー・フォトグラファーは、自分の人生の大切な時間を使って、写真活動をしている。写真も楽しむべきだ。』
 まあ、問題は「第6の心得 作品発表の場を自分で創る」だな。
 永井氏によればその作品発表の場は【ホームページ】【インスタグラム】【写真コンテスト】【写真展(合同展)】【写真展(個展)】【写真集出版】とある。一番ラクチンなのが、この私のブログみたいな【ホームページ】なんだが、「オリジナルプリントと比べると画質も低い」とあるように、例えばこのNIFTYのココログというブログでは、写真一枚の容量が1MB以下という制限がある。なので、当然オリジナルの写真はリサイズしており、また閲覧が楽なように50KB位の大きさでUPしている。当然、画質はオリジナルに比べるとかなり低い。「写真を見せる」っていうことに関してはちょっと残念だが、まあ、もしオリジナルを見たい方がいたら、その旨、ご連絡いただければオリジナルをお届けできるので、それほど問題はないってことでしょうか。
【インスタグラム】はやったことはないが、基本この方法は写真だけを載せるようなスタイルなので、私の表現形式とはかなり異なる。
【写真コンテスト】には何度か応募したことはあるが、一度も選ばれたことはないのが残念。
【写真展(合同展)】は、まあ今年に一回だけやっている会社のOB会が毎年9月に開催している社友会作品展ぐらいかな。どこかの写真クラブにでも入っていれば、その会の合同展はあるかもしれないが、その前に「どこかの写真クラブ」ってのが、なんかカメラ好きのオヤジが群れている感じで気に入らないので、これはなし。
【写真展(個展)】は方法が二つあって、一つは個人でギャラリーにお金を払ってある時期借り切るっていう方法と、もう一つはニコンサロンなどの写真メーカーが主宰するギャラリーに応募するという方法。まあ、前者は一番確実なんだけれども、当然、お金は沢山かかる。後者はかなり敷居が高いのが難点だ。永井氏は「ぜひあなたも個展にチャレンジして欲しい。」というんだが、まあ、難しいでしょうね。
【写真集出版】は一番難しい方法だ。これも自費出版なら可能だが、お金はかなりかかるし、もともとたいした部数の出ない写真集なんかは出版社のお金で出版するなんてことはまず難しいだろう。
 ということで、私は基本的に毎日更新するブログでの写真発表でやっているっていうこと。
 まあ、当面はこれが一番ラクな方法なんですね。
 ってことで、当面、お付き合いのほど……。

3_3『時間がなくても有名ギャラリーで写真展を開催する方法』(永井孝尚著/日本写真企画/2018年11月30日刊)

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2019年4月16日 (火)

今話題(のはずの)の深谷市に行ってきた

 一万円札が渋沢栄一になってさぞかし生誕地の深谷市は大賑わいだろう、なんてことを考えて、東京駅を模して造ったというJR高崎線深谷駅に降り立つ。
 実は「東京駅を模した」というよりは、東京駅を造った煉瓦が深谷で作られた煉瓦だったというので、それならということで深谷駅が改装する時に「東京駅風に」造ったということなのだそうだけれども。

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 で渋沢栄一さんの銅像の前で渋沢栄一生誕の家かなにかに行けるようなバスを探したんだが、見事にないんだなあこれが。
 バスはだいたい熊谷方面へ行く定期バスか、定期観光バスっぽいのが寄居の方に行くのがあるだけで、渋沢栄一関係に行くにはタクシーしかない。そのタクシーが渋沢栄一生家だけじゃなくて、関連施設なんかも行くみたいでそれは余計だし、何よりも1万数千円するっていうだけで、もうそれはオミット。
 以前、国道17号線をクルマで走っていて、渋沢栄一生誕の家があるおおよその場所については知っていたので、いずれにせよ駅のそばじゃないことは分かっていたし、実は深谷駅じゃなくて、次の岡部駅の方が近いっていうのも知っていたので、まあ、実は深谷に行ったっていっても、渋沢栄一の生家に行くことが目的じゃなくて、要は、渋沢栄一効果でどれほど深谷市が盛り上がっているのか、という興味だけで行ってきたってのが実際のところ。

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 で、まあ取り敢えず深谷城址まで行ってきた。
 深谷城は室町時代の中期に深谷上杉房憲が古河公方の侵攻に備えて築城したらしいのだが、こんな平城でどれほどの砦としての効果があったのかは分からない。

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 深谷から西を見れば秩父の山々が見え、一方、東を見れば赤城山が見えるという、山々を遠望しつつ、地形的には荒川と利根川にはさまれた沖積平野にあるのが深谷である。

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 地形的にいっても戦のための砦としての機能があまりなかったのが深谷城だったんだろう。
「深谷城跡」の説明板にも「現在は、深谷上杉氏の祈願社であった富士浅間神社(智形神社)の社殿を巡る池と水路に、往時の姿をとどめるのみである。」と書かれているんだけれども、その神社の水路っていうのが、なんというか幅1メートル位の狭い水路で、とてもじゃないが城の「堀」としては使えないものである。

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 むしろ城外にあるこんな唐沢川なんかの方が天然の要害としての堀として使っていた感じなんだなあ。
 それにしても、なんか長閑な田舎の村っていう感じの町ではありますなあ。

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 まあ、通りを歩けばこんな感じの手作りのポスターがいろいろなお店に貼ってあって、町としては盛り上げようっていうことなのだろうけれども、実際に盛り上がるのは、一万円札が出来た時なんだろうか。

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 しかしまあ、よくこんなド田舎の駅に当時の国鉄高崎線急行電車を停めちゃったもんだなあ、荒船清十郎っていう代議士(当時は運輸大臣)は。まあ、上越新幹線の浦佐駅で有名な田中角栄といい荒船清十郎といい、要は「昭和の利益誘導型の政治家」っていうのが当たり前だったんですね。「安倍・麻生道路の忖度」なんて小さい小さい(って安倍さんは思っているだろうなあ)。
EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Fukaya ©tsunoken

2019年4月15日 (月)

統一地方選、第2弾がスタートしたわけなのだが

 六義園も桜は終わり、テーマも「大名庭園でつつじを楽しむ」に変わったんだが、いよいよ統一地方選も第2弾になり都内の区議会議員選挙戦が始まった。

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 『統一地方選後半戦の東京都区部では、11区長選と20区議選が14日に告示され、21日に投票が行われる。都の区は都民にとって行政サービスを受ける最も身近な「基礎的自治体」だが、区長選と区議選への関心は低く投票率は低迷している。専門家は「少子高齢化が進むなか、税金の使い方が重要になる。区民はもっと区政に関心を持つべきだ」と指摘している。』
 という記事が「日経電子版」4月12日版に出ていた。

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『 2015年の区長選・区議選は、12年に当時の石原慎太郎知事が任期途中で辞任した影響で、都知事選の日程が初めて外れた。その結果、11区長選の平均投票率は44.11%、21区議選の平均投票率は42.81%。11年に比べ区長選は0.4ポイント減で過去2番目の低さ、区議選は0.42ポイント減で過去最低だった。
 21区議選の中で港区は36.02%と最も低かった。国政選挙の投票には行くという港区の女性会社員(25)は「地方選は関心がないので、投票には行かない。港区役所が何をしているのかも知らない」と話す。
 新宿区の男性会社員(36)は「区議選に投票に行っても、どんなメリットがあるのかわからない」。目黒区の女性(26)は「候補が多い地方選は公約を調べるだけで疲れる。政策で自分の実生活がどう変わるのかイメージできない」と語る。
 なぜ区長選や区議選の投票率は低くなるのか。山梨学院大の江藤俊昭教授(地域政治論)は「東京都区部はインフラが整備されて生活しやすいため、ほかの地域と比べても議会や行政への関心が低くなる傾向がある」と指摘。「ただ都区部もこれから高齢化や人口減少の波がやってくる。税金の使い方が一段と重要になり、区民は区政に無関心でいるべきではない」と話している。』(4月12日「日経電子版」より)

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 写真は上から豊島区、千代田区、文京区のそれぞれの選挙ポスター掲示板なのだが、取り敢えず選挙戦初日ということで、各陣営の人たちがポスター掲示をしている最中だった。
 しかし、面白いのは各陣営の後援会なんかでもボス面した人がいて、それらの人たちが大声を上げて貼る場所や貼り方なんかを指示しているのであります。最初はケンカでもしているのかと思ったんだけれどもね。まあ、そんな「選挙好き」の人たちがいるんだなあ。

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  まあいずれにせよ、自分たちの一番身の回りのことを決める市議や区議選である。確かに、国会議員選挙みたいに争点がはっきりしているわけではないし、地方自治というのは国が定めた法律や条例に縛られて、市や区が何をやっているのかわかりにくいという難点はあるのだが、そうは言っても基礎自治体である以上は、自分たちの一番身近な「代議士」を決める選挙である。さらに、区議から都議、国会議員へと上り詰める人も多いわけで、そうならば、今のうちにダメな奴にはダメ出しをしておかなければならない。

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 皆さん。区長・区議選の投票日は4月21日です。 
 4月21日は投票に行こう。そして、健やかに令和元年を迎えましょう。
 って、なんかエラそうなことを言ってしまって、ごめんなさい。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Komagome Kanda & Yurakucho ©tsunoken

 

2019年4月14日 (日)

国道1号線を歩いてみれば……

 最近は東京メトロ南北線で武蔵小山まで行って、そこから西小山方面へ行くか、あるいは戸越銀座方面へいくかするとして、戸越銀座方面へ行く場合に国道1号線を越えるっていうパターンなんだけれども、その国道一号線を歩くことはあまりないのだった。
 地下鉄で西馬込まで行って、周辺とか池上本門寺へ行くというコースは歩いたことがあるし、中原街道は歩いたことがあるけれども、あまり国道一号線はね、っていう感じで、まあ、あまり歩いていて楽しい道ではないのですよ。国道一号線は。
 何にもないし。

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 国道一号線っていうんだけれども、別に昔の東海道とは何の関係もない道です。昔の東海道と並行して走っている道は現在の国道15号線。そちらが第一京浜国道で、何故か国道一号線が第二京浜国道っていう、なんか捻じ曲がった関係があるんですね、この国道に関して言えば。

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 昔、舛田利雄の日活映画で「夜霧の第二国道」っていう、フランク永井のヒット曲をベースにした映画があったんだけれども、実は別にその映画の舞台が第二京浜国道である必要は全くなかったのだ。何となく、「京浜国道」という名前から「横浜」が近いっていうイメージなので、「横浜=外国=密輸入」っていう関連で作品の舞台になっただけなのであった。

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  なあんてことを考えて、今日の写真ブログのキャプションどうしようかな、なんてことを考えていたら、なんと「三間通り」の標識が。あれっ、ここは西大井から来たことがあるなあ。

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 前は京浜東北線の大井町で降りて、「光学通り」というニコンの工場があるところに行く道を通って西大井駅に至り、そこを過ぎて歩いていると三間通りに行ったという記憶がある。 

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 おおっ! 「蛇窪大明神」を祀ってある上神明天祖神社があるのですね。大井町から来た時に見た神社だ。 

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  なあるほどなあ、いろいろ、あちこち、都内を写真を撮りながら歩いているんだけれども、なんともなしに歩いている道が、こうやって繋がっているんだなあ。

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 こうなると、ますます、都内はクルマで動いちゃダメってことになるなあ。
 その辺は、いろいろ、考えさせる問題でもある。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER URTLA WIDE-HELIAR 12mm f5.6 @Gotanda Nakanobu & Oi ©tsunoken

2019年4月13日 (土)

東京周縁部を往く:中央防波堤外側埋立処分場

 「東京湾中央防波堤外側処分場」とは、ゴルフ場やキャンプ場がある若洲から東京ゲートブリッジを渡った先にある人工島である。
 東京ゲートブリッジを新木場方面から大井埠頭方面へ渡って右側が、2020東京オリンンピックでボートレース場の場所を福島県と争った「海の森水上競技場」の予定地である。実は、この海の森水上競技場の臨海新都心側が「中央防波堤内側」で、反対側が「中央防波堤外側」なのだ。

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 夢の島(東京湾埋立14号地)、若洲(15号地)などと同じように、東京都民が出す「ごみ」を集積して作った人工島である。勿論、「ごみ」といっても昔みたいにそのまま捨てているわけではない。何らかの処理をして、有機的な廃棄物が出ないようにして埋めているのである。

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  で、中央防波堤内側埋立地は既に完全に埋まってしまっており、現在は中央防波堤の外側のAからEブロックまである地域の、中央防波堤外側処分場(その1)の全部と(その2)の大半、AブロックとBブロックの殆どは既にほとんど埋まってしまっている。

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(その1)地区は完全に埋立を終了して、現在がコンテナヤードになっている。(その2)地区はまだ埋立は完全に終わっているわけではないが、一部はコンテナ置き場になっていて、一番上の写真に遠望できるような「東京都のイチョウマーク」や「見晴らし広場」なんかがあるようなのだが、一般の人間は入ることが出来ない。

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  中央防波堤内側・外側の予定図を見てみると、あと何十年かでこの両処分場も一杯になってしまいそうだ。

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 まあ、それまで生きているわけではない私としてはあまり気にはならないのだが、少し気になる。その後はどうするんだろう。

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 その時はその時で、更に海側に埋立地を延ばせばいいのか。 

NIKON Df AF NIKKOR 35mm f2 D @The Out of Central Breakwater Landfill, Koto ©tsunoken

 

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